TOP  紹介  一次 二次 LOG Forum リンク 

会場に戻る

 

まえがき

 

 

 


春眠不覚暁


 麗らかな晩春の午後、いつものようにのんびりとアパートのベランダにもたれて、ぼ〜っとしているとふとこんな言葉を思い出した。

 “春眠不覚暁”。 すなわち“春は眠くて朝日が昇ったのも覚えていない” と言う意味だそうだ。確かにこの季節はぽかぽかして気持ちがいいから眠くなる。昔の人間も春は眠く なってたんだなぁ〜っと思いつつ、ふあ〜っと欠伸を一つする。

 高校時代にはよく、前の席の春原がこの時期になると気持ち良さそうに眠ってたっけか。そう思 い出しては高校3年の就職活動のときのことを思い出す俺。まあもちろん俺たちバカ二人は就職組だったわけだが…。ここは有数の進学校であるため逆に俺たち のような“就職組”は珍しいらしく他の生徒からは奇異の目で見られることが多かった。まあ俺の知ってるやつは俺たちの学力も分かっているので、ふ〜んって なもんなんだったんだけどな?

「朋也くん、あまり授業中は寝ちゃいけないと思うの…」

 とよく古文の授業の前、いつもの図書室でことみに言われてたんだったけか? と言うことはあの頃から変化がないって言うことか。ははははは…、はぁ〜っ とため息を一つ。しかし眠い。今も欠伸をかみ殺している俺。

 そういや古文の幸村のじいさんは元気だろうか? と思い出した。幸村のじいさんが定年退職して から久しい。古河パンの常連客で俺の汐を誘拐? しに来る風子のお姉さんであり、渚の恩師でもある公子さんの話によると元気でいるそうだ。俺も一回、家の 方に渚と汐を連れて訪ねたことがあるのだが、元気にしてたっけか。汐を優しく抱きしめてくれた時は正直嬉しく思った。幸村のじいさん、あんなよぼよぼのじ いさんなんだがその昔は悪ガキを千切っては投げ千切っては投げしていたんだという。これも公子さんから昔聞いた話によればなんだが…。まあ、その辺は分か らないことだらけだからな?

 そう思いつつまたでかい欠伸を一つする俺。もっとも高校時代にはこんなことは出来なかったが…。なぜってそりゃあ極悪非道、 泣く子も黙る委員長・藤林椋の姉で、今は春原の嫁で子持ちのしっかりママである杏が春原と俺のほうをギロリと睨んでたからな?

 クラスが違うのになぜが同 じ組で授業を行なった時もあったんだけか? とその時は杏の教科担任が風邪で休んでしまい、幸村のじいさんが変わりに2クラス同時に授業を行なうように なったんだと記憶している…。“じいさん、あんた出来るのか?”、少々心配になって聞くと、“ほっほっほっ…、まだまだ若いもんには負けんぞい…” とこ う言ってたんだっけか…。懐かしい…。

 とトゥルルルルルと無機質な電話音が部屋に木霊する。早速出ようかと思ったら嫁に取られてしまった。にっこり話して いるところを見ると杏辺りからか…と思う。そう杏と春原、犬猿の仲だと思われていたが不思議なことに今は夫婦な間柄なわけで…。俺としては世界七不思議の 一つに入れたいわけなのだが、そうするとあの凶悪な辞書攻撃がくるのでそうも出来ない。まあこれを言うと俺も同じようなわけなんだけどな?

 そう、今、台 所で汐と楽しそうに料理の下準備をしている俺の最愛の嫁・渚。もうどれだけの時間が流れたんだろうか…。随分と時間が経つんだが、つい昨日のことのように 思い出してしまう。すべてはあの学校へと上がる坂道から始まったんだよな? そう考えて出会ったころを思い出す。渚は昔から体が弱いらしく風邪を引くと 1、2ヶ月は寝込んでしまう、そんな体だった。汐を産むときにもどれだけ心配したことか…。でも、最後まで頑張った。頑張ってくれたんだ。俺にとってはそ れが嬉しい。そう思いながら、渚のほうを見てみると俺のほうに気がついたのか、“どうしたんですか? 朋也くん” と聞いてくる。“いや、何でもないよ”  そう単簡に言うと、にっこり微笑んでまた今晩の料理の下準備をしだした。

 思えば渚と付き合い始めてから、俺の心は大きく変わった。灰色だった俺の高校生活。それを虹色に変えてくれたのが渚…。その際たるものが親父との和解 だ。

 母さんが亡くなってから親父と二人で暮らしてきた俺は、些細なことからケンカした際、親父にバスケでは致命傷である肩を潰されてしまってそれが元で親 父は俺と距離を置くようになった。挙句の果てには他人行儀な物言いになってしまっていたんだっけ。そんな冷え切った親子関係を元通りに戻してくれたのが、 今、楽しそうに料理を作っている俺の最愛の嫁・渚。

 いや、渚だけじゃない。杏や智代や委員長、ことみや風子…。いろいろな人の支援があって今こうして親父 と仲直りが出来たんだと思う。そう思うと俺は支えられているんだよな? と思う。人間は一人では生きていけないとは言ったものだと思う。今朝も電話があっ た。田舎で野菜を作ったから送っておいたと言う話だ。ふと親父から、

「朋也。渚ちゃん、大切にしろよ…」

 と言われたんだっけか…。“ああ、分かってるよ…” と言って電話を切ったが本当にそうだと思う。渚と汐が歌を歌っている。その歌が子守唄なのか俺は何 度となく欠伸をかみ殺しているわけで。これから汐と一緒にオッサンの家に行く予定なのだが、目は心地いい春の陽気に誘われて、何度となくこっくりこっくり しては、はっとなること数回。さらに歌は続く。夢と現実の狭間で気持ちのいい時間を過ごしているようだった…。


 

「朋也くん…、朋也くん…。起きて下さい」

「んっ? んんっ? あ〜、渚に汐か…。どうした?」

 ゆさゆさと体を揺するのに気がつく。ふっと顔をあげて見ると渚が汐と一緒に俺の体を揺すっていた。汐を見てみるとちょっとぷぅ〜っと頬を膨らませてい る。ふっと部屋の壁掛け時計を見てみると5時半前だった。と言うことはいつの間にか眠ってたのか? 俺…。と隣りで今は揺するのをやめて俺の顔を上目遣い に見遣っている渚たちを見ながらそう聞く俺。そんな俺の顔を見ながらちょっと怒ったような拗ねたようなそんな顔で、

「朋也くん、今日は汐ちゃんと一緒にお父さんのところに遊びに行くって言っていたのに、寝てました…。わたしも何度も起こしたのに全然起きてくれませんで した。ちょっと罰を与えないといけません。目を瞑ってください」

 “お、俺の主張は…承ってくれないわけね? はぁ〜” と心の中で言う俺。渚の顔を見る。ぷぅ〜っとちょっとと言うかかなり頬を膨らませては俺の顔を上 目遣いに見遣っている。汐も同じようにぷぅ〜っと頬を膨らませている。こう言う顔をされるとどうにも反論は出来ない俺。仕方なく言われるがままに目を瞑 る。と…、
チュッ…。と両頬に柔らかな感触が当たる。恐る恐る瞑っていた目を開いて前を見ると、渚が顔を真っ赤にして俯いていた。汐も嬉しそうににこにこ顔だ。頬 の感触を確かめるように手で撫でてみる。渚は真っ赤な顔をもっと真っ赤にして、俯いた。と玄関の扉の影でなにやらわいわい言っている声が…。なっ? ま、 まさかな? そう思って未だに頬を赤らめている渚の手を持って音を消しつつ近づく俺。一気にギィ〜ッと扉を開け放った。とそこには…。



「もう明日から仕事休む!! 絶対休む!! 誰が何と言おうと休むっ!!」

 朋也くんがこう言ってわたしと汐ちゃんの顔を睨みます。わたしだって恥ずかしかったのを我慢してやったんですから朋也くんも我慢すればいいのに…。とは 思いますけど、男の人の心理と言うのはなかなかに難しいものがあります。“あんなことを考えた杏も杏だが、ノセられる渚も渚だっ!! 全く…” とこう 言ってはぶつぶつ文句を言う朋也くん。ちなみに杏さんたちも朋也くんに睨まれて動けないみたいです。今はみんなで正座して朋也くんにくどくど叱られている と言うわけです。

 ですけど…、ふぅちゃんやことみさんやわたしに対していろいろイタズラをしてくる朋也くんはどうなんですか? と言いたいです。この間 だってわたしの大好きなだんご大家族のぬいぐるみを隠されて思わず泣きそうになっちゃうところだったんですからね? でもその後汐ちゃんに怒られてちょっ と反省したのか、“渚…。ちょっとやりすぎた…。ごめん” て謝ってくれました。ですけど、わたしの大好きなだんご大家族のぬいぐるみを隠すなんて、“朋 也くんはイジワルですっ!!” と言いたいですっ。そんなことを考えるとわたしはまたぷぅ〜っと頬を膨らませちゃうわけで…。横の汐ちゃんは、“パパ、マ マに謝って下さいっ!!” って言いながらわたしの援護をしてくれます。わたしが頬を膨らませていることに気づいたのか、朋也くんは…。

「だぁ〜っ!! もう全部俺が悪かった! だから渚も汐も頬を膨らませるのはやめてくれ〜っ!!」

 こう言って全力で謝ってきます。その謝る姿がお父さんがお母さんにいつも謝ってる姿に似ていて、ぷぅ〜っと膨らませていた頬もいつの間にか笑顔に変わっ てしまうんですから不思議です。暖かな春風が開けた窓から入ってきてわたしの髪を揺らしていきます。空を見ると雲一つなくて、大きく映えた夕陽が山に沈み かけていました。この分だとまた明日もいいお天気だと思います。朋也くんの“春眠不覚暁”はまだまだ続きそうですね? 隣りで未だに汐ちゃんに怒られてペ コペコ頭を下げている朋也くんの顔を見ながらみんなで夕飯の支度をする、そんな晩春の夕暮れでした。

 

END

 

あとがき

 

会場に戻る

TOP  紹介  一次 二次 LOG Forum リンク